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AUTONOMOUS AREAS OF THE PALESTINIANS Archive

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優しい一日。

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街を歩いていたら、スタンドお茶屋さんを発見。
すぐに半額に値切って約25円でミントティーをいただきました♪

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こんな風になっていて、

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ここからお湯が出てくるんです。便利~。

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お茶を売っているおにいさんやそのお友達たち。みんな懐っこくていい感じです。


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ちょうどお昼どきだったので、おうちにお昼ごはんに招いてくれました。
この子は1歳のアヤ。にこにこしてくれてとっても嬉しかった♪

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お母さん。この子はまだ20歳だそうです。三人目の赤ちゃんがおなかの中にいて、
来月くらいに産まれるみたい。

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おうちもとってもきれいにしています。


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三歳のお姉ちゃん、スラフ。おてんばさんです。


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お母さんが作ってくれたごちそう!!
マンサフという、おもてなし用のごはんだそうです。
わざわざお父さんも牛肉やパンを買出しに行ってくれていました。

これが、本当においしい。
もっともっと食べたいのにおなかがはちきれそうで入らないのが悲しかったくらい。

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ごはんの後は、おてんばさんと一緒に遊びます。
わがままきかないとだだこねて泣いちゃうんだけど可愛いんだ。

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アヤはミルクを飲んでおやすみなさい。

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夕方、バス停まで送ってくれた彼。
彼は、一家のパパの弟さん。とっても優しいイヤッドくん、28歳。


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初めて出会った私たちを、ウェルカム!と言ってお昼ごはんに招いてくれた彼ら。
お茶を飲みながらしばらく話していると彼らが本当に優しいんだなと感じて、
何も心配せずについていった私たち。

あったかい家族が、
出会ったばかりの私たちのためにおもてなし料理を時間をかけて作ってくれて、
とにかく食べろ、食べろとマンサフのほかにもフルーツやジュースやお菓子をたくさん出してくれます。

可愛いこどもたち、優しい家族。

これは、
私たちが訪れたパレスチナ自治区での出来事です。
パレスチナ自治区というとやっぱり危険なところ、
自爆テロをする人たち、というイメージがどこかであると思います。

私たちは、
ハマスの支配しているガザ地区ではなく、
比較的治安が良いと言われていて、イエスキリストが産まれたといわれている生誕教会もある
ベツレヘムという地区を訪れました。

ここであった出来事は、
とってもとっても貴重な体験でした。

彼らは優しくて、
家族や友達を大切にする、大切な人たちと過ごす時間を楽しむごくごく普通の人たちで、
イスラエル側が観光客に対して
「パレスチナ側には行かないほうがいい、危険だから。」と話すことに悲しいと感じていました。

私たちは観光客としてすんなりベツレヘムに入れましたが、
イスラエル側に戻るときにはチェックポイントを通過しないといけません。
そこでは、
私たちはパスポートもろくにチェックされずに、荷物だけ軽くチェックを受けた程度でしたが、
そこを行き来するパレスチナの人たちは指紋認証を取られていたり荷物チェックも私たちより時間が長かったりして、
イスラエル側とパレスチナ側の関係が不安定なことがよく伝わってきました。

お世話になったイヤッドくんはもともとはガザ地区の出身で、
学校に通うためにベツレヘムに出てきたのですが、
それ以来一度もガザには戻っていないといいます。

ガザには彼のご両親が住んでいるけれど、
一度彼がベツレヘムを出れば二度と戻れずずっとガザで暮らさなくちゃいけないのだそうです。

パレスチナのパスポートを取っても
どこか外国に行けるわけでもないんだって。
一度、イタリアに行ってみたくてチケットを予約してイスラエル側の空港まで行ったけど、
パレスチナ人ということで追い返されてしまったのだそうです。

普段の生活でも、
パレスチナ自治区からイスラエル側に出る通行許可証を持っていない人は
自治区外には出られなくて、
その許可証も取るのはすごく難しいのだとか。

彼らが限られた生活エリアで、家族と自由に会うこともできずに暮らしているということを、
本で読むのと実際に当事者を前にするのとでは、
感じることが大きく違いました。


どちらがどうというのは私にはわからないけれど、
イヤッドの言う、
「パレスチナ人=危険なんていうことはない。
イスラエル人にだって日本人にだってアメリカ人にだって、
いい人も悪い人もどちらもいる。
パレスチナは危険だというのは違う。」
というのは、その通りだなと思いました。

すごくべただけれど、

彼らがごく普通に家族や友人と生活できることを強く願いました。

帰りに、
彼らとのお別れが寂しくて、複雑な事情に私たちが落ち込んでしまって、
胸にいろんなものがこみあげてきました。



優しい一日。

ずっと、この日のことは忘れないと思います。


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